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by takozchan
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カテゴリ:*想いで( 1 )

ステキな父子~神楽坂

午後、家でのんびりして、TV 「拝啓、父上様」(倉本 聰脚本)の再放送を見ながら、
物語の舞台である“神楽坂”を懐かしく想い出していました。

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今日は、私の好きな俳優・佐藤浩市さんのお話です。
ビールのコマーシャルで時々お見かけしますが、何年か前の冬、近くのスーパーで
数十年ぶりにすれ違い、思わずドキッとしました。
父親三國連太郎さんと同じ道を歩みながら、決して七光り族ではなく、しっかり自分の
カラーを持ち、野獣のような鋭い目と、骨太の演技力が何ともステキな役者さんです。

遙か昔のこと。。
叔父が神楽坂近くの大曲というところに住んでいて、一時期、叔父の子の勉強を見て
いたことがあり、週1回叔父の家を訪ねていました。
飯田橋の駅で降り、歩道橋を渡って商店街を抜けると、途中に静かな神楽坂の料亭や、
家屋敷が並ぶ石畳の路地に出ます。夕方、綺麗な芸妓さんが、カラコロ通りかかるの
を見ることもしばしば!これも楽しみの一つでした。

当時、その家屋敷の一角に、三國連太郎さんのお家がありました。
ある夏の夜の帰り道、いつもの通り、三國さんのお家の前に差し掛かると、家の前で
浴衣姿の三國さん父子が仲良く線香花火をしていました。
お二人を見かけたのはその時だけですが、その雰囲気があまりに素適で、今も私の
心のどこかに、そのまま焼き付けられています。

その後、いつしか父親の後を継いで、数少ない存在感ある個性俳優として、燐と育った
かつての幼い少年・佐藤浩市さんに、フト想いを馳せました。

神楽坂とは、、、
*****************************************
江戸時代後期に「牛込花街」として開けて以来、明治・大正・昭和と商業の発展と共に
花街も発展を遂げ、大正12年の関東大震災後、幸運にもその火災を免れた神楽坂
には、松屋、三越、白木屋、銀座の資生堂などが引越してくるなど、まるで帝都の中心
が移されたかのように、一段と賑わいを増したといいます。
「山の手銀座」という名称の発祥地も神楽坂だと言われています。

軍事景気も手伝って順調な発展を遂げた戦前の神楽坂、昭和20年の戦災で焼け野原
になり花柳界も全滅状態でしたが、その後立ち直りが早く、昭和25、6年には急速な復興。
古賀政男先生にご贔屓になっていた神楽坂はん子の、「こんな私じゃなかったに」「ゲイ
シャ・ワルツ」が大ヒットし、神楽坂花柳界も全国的に名を馳せることになりました。
昭和30年代は最盛期となり、その後高度成長期、バブル期、バブル後の平成不況・・・と
花柳界も時代の波の中で紆余曲折を経ながら、現在は東京神楽坂組合所属の芸妓約
30名、料亭9軒となっているようです。
                        (参考資料・東京神楽坂組合ホームページ)


素適な父子にクリックThank you~☆
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by takozchan | 2007-05-30 22:33 | *想いで