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光の旅人K-PAXから愛をこめて♪


by takozchan
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ブルーの勇姿~エスハチ

クルマ好きなら誰でも知っている、
いまや伝説のスポーツカー。
それがホンダS800。

ブルーの勇姿~エスハチ_e0099756_1455060.jpg

この、S800ことエスハチ(昭和45年産)が、我が家に30年以上ドーンと、圧倒的な存在感
で、静かに存在しているのです。夫にとっては、女房より大事な恋人・・かな!?
ここ10数年はバイクに変わり、出動回数が減りましたが、以前は春から秋まで、ヨットに
葉山のマリーナまで、第3京浜を飛ばしてました。
そのエンジンの音といったら、我が家からかなり離れても聞こえる~夫に言わせると、
バイク並みの快音~ですが、要するにウルサイ(^^)
今日は、私のボレロを追い出して、久々に愛車のお手入れです。もちろんまだ現役!

確か、彼の大学時代に走っていたこの車。いつか、自分の力で買いたいと我慢していた
ところ、45年で生産終了。。その後、ようやく買える時になり、どれだけ中古車センター
をあたったことか。。最終的に、碑文谷先の中古車センターで、外車ばかりのショーウイン
ドーの真ん中に、チョコナンとかわいいスカイブルーのエスハチを見つけ、前の持ち主が
とても大事にしていたとのこと、一も二もなく、早速我が家へやって来ました。
それ以来我が家の一員です。

そのS800をチョットご紹介しましょう♪
★。:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、.:

S800物語~ HONDA SPORTS S800

「世界に類の無いものをつくろう」───これは、いつも、ホンダのスローガンだった。
ホンダが自動車メーカーとして最初につくった乗用車は、まさにそんなクルマだった。
それは、日本ばかりか、世界にも例の無いメカニズムを持つ小型スポーツカーだった。
そしてホンダS800は、このホンダスポーツ・シリーズの究極というべきモデルである。

■S800の生い立ち。
フルネームは、ホンダS800。でも、このクルマを知る人は、そんな呼び方はしない。
もっと親しみをこめて「エスハチ」と愛称される。だが、この「エスハチ」の前に、
「エスゴ」と「エスロク」についても語らねばなるまい。

1962年の10月、第9回全日本自動車ショーに、ホンダスポーツ360/500が、セン
セー ショナルなデビューをとげた。 排気量は僅か356cc/531ccながら、 グランプリ
カーを 思わせる精密そのものの4気筒DOHCエンジンを搭載していた。
そして、翌1963年7月 のスポーツ500の新聞広告“価格当てクイズ”には全国から
573万通余りの応募があり、 当選発表時の広告に掲載された価格は、おおかたの
予想をはるかに下廻る459,000円。 スポーツ500は、 画期的な低価格で日本中の
話題をさらったのだ。 1963年末の発表時には、正式呼称がホンダスポーツ500から
「ホンダS500」に改称されて いる。軽自動車規格のスポーツ360は市販に至らなかった。

翌1964年3月、早くもその発展型のホンダスポーツS600が発売された。この年の5月
に鈴鹿 サーキットで開催された<第2回日本グランプリ>のGT-1レースで優勝した
S600は、 そ の性能でさらに人気を集め、 当時の若者のあこがれのクルマになって行く。
同じ1964年の9月、S600はドイツの<ニュルブルクリンク500km>耐久レースに初
出場し、 並みいるヨーロッパの強豪車を破って1000ccクラスで優勝、 ホンダスポーツ
の評判は 自動車先進国に広まった。 2輪車ばかりか、4輪車でもホンダの名は世界に
高まった。

続いて、 いよいよ「エスハチ」が登場する。

1966年1月、Sシリーズはついに「ホンダS800」へと進化し、絶頂期を迎える。
路上だけ でなく、モータースポーツの恰好の入門車としても圧倒的な支持を集め、数々
の国内 レースで大活躍を続けた。当時発展途上にあった日本のモータースポーツを
底辺から 支える役も果たしていた。

そして1970年5月、最後のS800が生産ラインを離れるまで、すばらしいスポーツカー
であり続け、現在なお世界中に熱烈なファンを持つ伝説のスポーツカーとなったのだ。

■S800のテクノロジーとパフォーマンス。
何と言っても、エンジンである。このような量産小型スポーツカーで、これほど凝り に
凝ったエンジンを搭載するクルマは、当時どこにも無かった。モーターサイクルの 世界
グランプリを制覇していたホンダが、ホンダスポーツのエンジンに注いだ技術は ケタ外れ
に高度なものだったのだ。ボンネットを開いた時のエンジンルームの眺めは 今の眼にも
魅力に溢れる。水冷4気筒DOHC。見るからに、精緻で美しく高性能を思わ せる。
そして4連キャブレター。4本のエキゾーストマニフォールド。 組立式のクラ ンクシャフト。
これを支持するニードルローラーベアリング。ホンダが得意としてい た高回転高出力の
ための技術がぞんぶんに駆使されたこのエンジンは、 排気量791cc で70PS/8,000
rpmというずばぬけたパワーを発揮した。

フロントサスペンションは、ダブルウイッシュボーンにトーションバー・スプリング。
リアサスペンションは、S500からS800の初期まではチェーンドライブ機構のケースに
トレーリングアームを兼ねさせるユニークなもの。のちにこれはライブアクスルへと 変更
された。

スタイリングもS800の魅力だった。しかも、小柄ながら、そのコックピットは不思議 な
ほどどんな体格のドライバーにもピッタリだった。3本スポークのスポーティなステアリング
ホイール、大きなタコメーターとスピードメーター、 セミバケットシート、 全てにスポーツ
フィーリングいっぱいだった。 S500時代にはオープンボディのみだっ たが、S600時代
にクーペが加わり、 S800もオープンとクーペが用意されていた。

さらに、 その走り。 ホンダスポーツで、 初めてスポーツカーのハンドリングを知って 目の
さめる思いをした人が、 当時、 どれほど多かったことか。 間髪を入れずアクセル ワーク
に反応し、 際限ないかのようにいっきに吹き上がるエンジン。 カチカチと小気 味よく決まる
ギアシフト。 キビキビ感そのものの操縦性。 どれもがそれまでの日本車 にない、 新鮮な
パフォーマンスだった。 S800の0~400mは16.9秒。 最高速度は160km/h 。
この頃の世界の小型スポーツカーに比べても排気量は最も小さかったが、 その性能は
断然トップクラスにあった。

ホンダスポーツは、 日本のみならず世界の自動車史に残るヒストリックカーであろう。
 http://www.honda.co.jp/memory/mem-s8/index.html

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本田宗一郎さんのあの輝かしい時代、そして、日産のPAOの時代・・新しいものつくりに
ギラギラ燃えていた、あの時代にまた戻ろう!!

ご訪問Thank you~☆
by takozchan | 2007-07-08 15:07 | *ホンダS800