四之橋の由来
2008年 09月 29日
麻布薬園坂を下りきると右側にイラン大使館があり、そのすぐ先が四の橋の交差点。
いつも通る場所なのですが、用事で夫を車で四の橋まで送り、待っている間に見つけたのがこの四の橋の由来。
この川は、原宿から渋谷駅の下を通り、東横線の脇から顔を出し渋谷川となって、明治通りに沿って流れ、港区に入る天現寺橋から古川と名前を変える。ここより首都高速道路に遮られながら、五の橋・四の橋・古川橋・三の橋・二の橋・一の橋と続く橋の下を流れ、最後にかつて伊豆七島航路の客船が着いた竹芝桟橋の南で東京湾に注ぐ。
「古川物語」より
なるほど。なるほど。
近くに何十年と住みながら、なかなか目に触れなかったのですが、チョット興味が沸いてきました。これから折にふれ、橋めぐり~赤羽橋・一の橋・二の橋・三の橋・・・と追ってみたいと思います。
イラン大使館の過去記事もクリックどうぞ→ka~君の大冒険
■薬園坂の坂名
坂の西側にあった江戸幕府の麻布御薬園(品川御薬園・目黒御薬園などとも)に由来するが、岡崎清記著の『今昔 東京の坂』(1981年・日本交通公社出版事業局)は「御薬園坂(おやくえんざか)」の名称で取り上げ、別称として薬園坂・御役人(おやくにん)坂・役員(やくいん)坂・相模殿(さがみどの)坂をあげている。
by takozchan
| 2008-09-29 19:36